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“印象派”
IMPRESSIONISM

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  • パラダイムシフト
    の時代

    歴史には「時代の変わり目」と呼ばれる時期がある。19世紀のパリは、様々なイノベーションでパラダイムシフトが起きていた。産業革命による工業化は新しい労働形態をもたらした。蒸気機関車は大衆に移動の自由を与えた。ある者は職を探して、ある者は旅行者として、ある者は夢を追って、都市部に人々が押し寄せた。急激に人口が増加したパリは大規模な都市改造を行い、道路や広場の拡張に合わせて、現在まで残るオペラ座やルーブル宮のような文化施設を整備した。街並みや市民のライフスタイルが日々変わっていく熱気と興奮に包まれたパリ。モネやルノワール、ピサロ、ドガなど、野心と情熱に満ちた若い絵描きたちはそこで出会った。

  • 絵画の
    アップデート

    テクノロジーの進化はアートに新しい可能性を開く。この時期、絵画にとって重要な二つのテクノロジーが登場した。一つはチューブ型の絵の具。それまでの顔料と違い持ち運びに優れたチューブ型絵の具により、画家は屋外制作が容易になった。もう一つは写真。遠近法をはじめとする「現実を再現するための」絵画の技法は、写真には到底かなわなかった。

    アトリエを飛び出した画家たちは街や郊外へ出かけ、オペラ観劇のような新しい人々の生活や、季節により様相を変える風景など、それまでの伝統的宗教画とは異なる主題を取り上げた。さらに、絵の具を混ぜて色を作るのではなく、原色をキャンバスにおくことで鮮やかな色を出す、その手法においても絵画ならではの表現を試行した。自分たちが生きる現在という「瞬間」、その「光」と「色」を、自らの感覚に忠実に描き出す新しいスタイルを、仲間と切磋琢磨しながら築き上げていった。

  • 反逆者たちの
    ムーブメント

    いつの時代も、新しい価値観が世の中に受け入れられるには時間を要する。当時、画家として生計を立てるには、年に一度開かれるサロンに出展し名前を売り出すしかなかった。しかし、権威あるサロンの審査員たちは、若い世代による新しいスタイルの絵画を認めず作品はことごとく落選した。

    自らの絵画の革新性を信じ、保守的なサロンに見切りをつけた画家たちは、自分たちだけで展覧会を開くことにする。後に「印象派展」と呼ばれるこの展覧会は、既存の美術業界へのカウンターであると同時に、他に選択肢が無い逼迫した状況から産まれたものでもあった。

    印象派によるグループ展は、メンバーの入れ替えや意見の相違による分裂など紆余曲折を経て、全8回で終了する。現代では巨匠と呼ばれる印象派の画家たちだが、当時の人々にとっては、既存の価値を大きく揺さぶる反逆者たち、今でいうイノベーターたちの運動だったのだ。

  • イマーシブな
    美術体験

    本展は、単なる「絵画の映像化」ではない。瞬間の光をとらえた印象派絵画に「時間」を与え、鑑賞者との距離や大きさという「スケール」を変え、編集や音楽の「文脈」を加えることで、印象派を解体し再構築する。

    数十台のプロジェクターを制御する最新の映像技術で実現される絵画の没入(イマーシブ)体験は、テクノロジーの進化が開くアートの可能性、美術を拡張する視覚表現、既存の美術館に対するオルタナティブな展示空間として、印象派の偉大なイノベーターたちの精神を2020年代なりのやり方で復元する。

    モネは、ルノワールは、ピサロは、ドガは、何を見て、どう捉えて、どのように表現しようとしたのか。「絵画対自分」ではなく画家の視点に乗り移る、新しい美術体験を試みる。

  • 坂上 桂子

    坂上 桂子 サカガミケイコ

    東京都生まれ。早稲田大学教授。専門は近現代アート。主な著作『ジョルジュ・スーラ 点描のモデルニテ』(ブリュッケ)、『ベルト・モリゾ ある女性画家の生きた近代』(小学館)等。

    ゴッホ、スーラ、ゴーガン、セザンヌ。これらの画家たちは、ポスト印象派と呼ばれる、「印象派のあと」に登場した画家たちです。彼らは、印象派に学びながらも、印象派を超えて、新しい世界観や価値観を創造しました。ゴッホはぐるぐると渦巻く空や天体を、まるで生き物のように描き出しました。スーラはきらきらと目にまばゆい光の粒子をひとつひとつ逃さずに捉えています。ゴーガンは「見えるまま」の色ではなく、自分が好きな色で風景を彩りました。セザンヌはさまざまな角度から対象を見ては、各視点を重ね合わせるように、カンヴァスに描きとめています。ポスト印象派の画家たちは自分が見ている世界を、独自の技法を駆使して、自由に再現したのでした。イマーシブミュージアムでは、現代のテクノロジーによって、これらの画家たちが見出だした独特な世界へと私たちをいざなってくれます。皆さんには、ゴッホが見たダイナミックに揺れ動く天空、スーラが体験した繊細な光の粒子が舞う空間、ゴーガンが見た色鮮やかな南国の情景などを、ぜひ追体験してみてもらえればと思います。同時にここでは、ポスト印象派の作品を現代的に解釈した、映像による新たな世界観をも楽しんでいただければ幸いです。